「いつ、どこで、誰が作ったか分からないものを作りたいんです」と答える陶芸家・紺野乃芙子さん。大阪で生まれ沖縄の美術大学で陶芸を学んだ後、沖縄に残り、やんばるの森の中で作陶を続けています。その作品は、まるで山肌の土そのものようで、自然の中に古くから存在していたような佇まいです。
陶芸を学ぶ中 そこで目にしたのが、大量に廃棄される失敗作の陶器たち。つまり「ゴミ」だった。大学では、4学年の学生が出した陶器のゴミがまとめて山積みされており、その光景を見ては辟易としていたのだそう。
「陶芸を続けていけば、これからも失敗作を捨て続ける。陶器はリサイクルできないので、捨てれば産業廃棄物になります。死ぬまでに私はどれだけのゴミを出すのだろう。そう思ったら、なんとか循環させることはできないかと考えずにはいられませんでした」
大学を卒業した紺野さんは、1年間、研修生として大学に残った。その期間に、知人の紹介から、沖縄北部のやんばるで新しく窯を作ることに。薪窯の完成と同時に拠点をやんばるへ移し、陶芸の活動を始めた。 沖縄本島は、エリアによって地質が異なる。南部は柔らかくて脆い土、北部は熱に強くて丈夫な土で構成されており、焼きものにはぴったりの場所だった。
そのようなやんばるの土を原料とし、琉球藍など沖縄の素材を用いた制作を続けている。現在までに多数のシリーズを手掛けており、毎回新たな作風で注目を集めている。代表的なシリーズには、「コンノブルー」と呼ばれる琉球藍をテーマとしたものや、白を基調とした珊瑚を使用したものなどがある。
紺野乃芙子(こんの・のぶこ)/1983年生まれ。大阪府出身。
沖縄県在住。06年、沖縄県立芸術大学卒業。08年、沖縄県名護市で作陶を始める。現在はヤンバルの山中で活動している。
サイズ : W.15.5 D.9 H.25.5
素材 : セラミック
陶芸を学ぶ中 そこで目にしたのが、大量に廃棄される失敗作の陶器たち。つまり「ゴミ」だった。大学では、4学年の学生が出した陶器のゴミがまとめて山積みされており、その光景を見ては辟易としていたのだそう。
「陶芸を続けていけば、これからも失敗作を捨て続ける。陶器はリサイクルできないので、捨てれば産業廃棄物になります。死ぬまでに私はどれだけのゴミを出すのだろう。そう思ったら、なんとか循環させることはできないかと考えずにはいられませんでした」
大学を卒業した紺野さんは、1年間、研修生として大学に残った。その期間に、知人の紹介から、沖縄北部のやんばるで新しく窯を作ることに。薪窯の完成と同時に拠点をやんばるへ移し、陶芸の活動を始めた。 沖縄本島は、エリアによって地質が異なる。南部は柔らかくて脆い土、北部は熱に強くて丈夫な土で構成されており、焼きものにはぴったりの場所だった。
そのようなやんばるの土を原料とし、琉球藍など沖縄の素材を用いた制作を続けている。現在までに多数のシリーズを手掛けており、毎回新たな作風で注目を集めている。代表的なシリーズには、「コンノブルー」と呼ばれる琉球藍をテーマとしたものや、白を基調とした珊瑚を使用したものなどがある。
紺野乃芙子(こんの・のぶこ)/1983年生まれ。大阪府出身。
沖縄県在住。06年、沖縄県立芸術大学卒業。08年、沖縄県名護市で作陶を始める。現在はヤンバルの山中で活動している。
サイズ : W.15.5 D.9 H.25.5
素材 : セラミック